門田隆将 「奇跡の歌」 を読んで

ちょうど私が昭和34年大学を卒業して入社した頃、その会社の社員で構成している吹奏楽団が「南国土佐を後にして」をよく演奏していた。そんな思い出もあり、この「奇跡の歌」を感慨深く読んだ。
この歌は作者が不明だそうで、大東亜戦争の頃高知の連隊が中支の激戦の戦場で生と死の狭間にいた兵士たちが異国の地で土佐の故郷を偲び、家族に思いを馳せながら行軍の時も、酒を飲んでの安らぎの時も自然発生的に歌われたそうで軍歌のように口ずさんだらしい。したがって本来の歌詞は「南国土佐を後にして中支に来てから幾とせぞ」となっている。今はそれをに書き換えてある。戦後十数年ごに学校の教師からNHKに就職しのちにプロデューサーになった人にとりあげられ、この歌を世に出そうと尽力した。その時の歌手にペギー葉山を起用しようとしたが、ジャズシンガーの自分には合わないと拒絶されるも、ペギーさんのアルトで自分流に歌ってほしいと説得の末、やっと実現したらしい。自身もこの歌で有名になるきっかけとなる幸運もあった。そのペギーさんは一昨年「南国土佐を後にして」の譜面を胸に天国に召されたという。
 話は変わるが、高知第八連隊は通称鯨部隊と読んだらしいが、戦場でたまたま見つけた猛獣の豹の赤ちゃんを八連隊の八をとって八絋と名付けて大人の豹になるまで一緒に育てたことが書かれている。人間と育った豹は猫のように懐いて育った。ところが戦闘になった時連れていくわけにはいかないので、交渉の末やっと上野動物園に引き取ってもらうことになったまではよかったものの東京の空襲に備えて動物園の猛獣は全て毒殺されたのである。このことは自分も戦争中の記憶としてよく覚えている。その豹は剥製にされ、元の飼い主だった家に引き取られたのである。とても感動的な実際の話で読んでいるうちに、つい涙が流れてしまった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック