門田隆将「この命、義に捧ぐ」 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡

この話はこの本を読むまで知らなかった。日本軍人として信念を貫き通し、蒋介石総統の恩に報いるために起こした行動はほとんで知られていない。今の日本が台湾の人たちに心から感謝されている所以でもあろう。根本中将は敗戦当時北支担当司令官であった。ポツダム宣言を受諾し、天皇陛下からの武装解除命令がなされた折、不法に攻めてきたソ連軍から4万人の日本人居留民、35万人の将兵を救うために武装解除せず、命をかけて戦い無事日本に帰還させたのである。それに協力したのが敵将の蒋介石であった。一方、関東軍の山田乙三司令官はソ連が攻めてくるのにすぐ武装解除し何十万人もの日本人がシベリア送りになり数万の日本人が死んだ。天皇の命令に背いてまで多くの邦人を救った根本司令官と、命令された通り直ちに武装解除した山田司令官とどちらが正しいのだろうか。意見は分かれるところだろうが、根本司令官はソ連が不可侵条約を無視してやってくることを考えた上での対抗処置であり、もちろん信念を持って命をかけての行動だった。明らかに根本司令官のとった行動が多くの日本人を救ったのである。相手がソ連でなければそんな必要もなかったのである。
 根本氏は日本に帰還したのち何もできずにいたが、1949年台湾に自ら密航し、金門島を共産党軍の攻撃から守りぬくという軍事顧問として命をかけることになるのである。台湾から要請されたわけではない。自ら蒋介石から受けた恩に報いるために命をかけたのである。蒋介石から受けた恩というのはもう一つ、連合軍のカイロ会談で蒋介石が日本の国体である天皇制を維持するように進言してくれたことに対する恩であると言っている。名誉欲とか私利私欲などこれぽっちもない。自分の命を義に捧げたのである。
 金門島を共産軍から守り抜けたのは根本中将の作戦指揮があったからで、今現在も金門島は台湾領であり台湾海峡は台湾の領海である。しかし、そのことは日本でも台湾でもほとんど知られていなかった。蒋介石は根本中将に心から感謝しているものの、日本人の助けで国民党政権があるとは言えないから、感謝しながらも歴史からは60年間も消されたのであった。ところが、2009年馬英九総統の時、金門戦争の戦勝記念が金門島で開催された。その時日本人の明石元嗣(明石元二郎の孫)、吉村勝之(根本の通訳をした吉村是二の長男)と作者が参加申請をしたら、何故日本人が参加するのか大問題になったそうである。そこで初めて調査して初めて真相が明らかにされ始めたらしい。
記念行事の一週間前になってやっと許可され参加できたらしいが、馬英九の祝辞のあと総統は明石、吉村両氏に本当にありがとうと感謝の握手を求めてきたという。根本本人はすでに亡く、明石、吉村も協力者の子孫である。
 日本軍は悪いことばかりしたと嘘を教えたり、嘘の歴史を教えてきた。しかし、このように素晴らしい軍人は外国にはいないのではなかろうか。欧米の軍は平気で非武装の市民を虐殺したり機銃掃射のマトにしたり動物扱いで殺してきた。先の大戦で日本海軍の工藤駆逐艦艦長が敵国イギリスの沈没船の兵士たちを命がけで助けたことを、のちに助けられた敵艦艦長だった人が工藤艦長のお墓に感謝の墓参りをしたことがあったことを思い出した。
 このような日本軍の美談を話すこと自体が戦争を美化する行為などという人が多いし、現在でも日教組の先生たちが憲法改正は戦争をする国にするなどと教えているという記事が今日の新聞にも出ている始末である。情けない話だ。バカは死ぬまで待つしかないのだろうか。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック