原田マハ「生きるぼくら」

麻生人生は小学生の頃親が離婚し、母子家庭で育つ。中学、高校でイジメにあい引きこもりが始まる。24歳になっても引きこもったまま、そんな時突然母が当面の5万円と年賀状を残して家出する。路頭に迷った引きこもり青年は残された10枚の年賀状のうち、父方の祖母からの一枚の住所を頼って行くことになる。まだ父がいた頃よくこのうちに行って遊んでもらったことがあったが、言って見るとおばあさんは自分を覚えていなかった。しかし、親切に歓迎される。同時にすこし年下の女の子(つぼみ)が孫だと言って住んでいた。離婚した父が再婚した時の相手の連れ子であることがわかる。その父も母もすでに今はこの世にいない。したがって二人は血の繋がらない孫の関係なのだ。奇妙な3人家族生活が始まる。祖母は今までたった1人で田畑の米、そば、野菜などを作り自給自足生活をしてきたが、体がきつくなって田んぼを今年限りでやめようと思っていると2人に告げる。2人は自分たちが続けるからと稲の作り方を一から教えてもらう。祖母はこの家に嫁ぐ前は学校の教師をしていたらしく実に丁寧に興味深く稲作を教えてくれた。やっとその気になって始めた直後、祖母が認知症になってしまう。孫を誰だかわからなくなってしまう。人生は昼は介護施設の清掃の仕事を契約社員として働きながら、早朝と夜に田んぼん仕事を、つぼみは台所と義理の祖母の介護など面倒を見ながらの田畑の仕事を手伝う。稲の苗作り、田んぼの養生、田植えなど全てを昔ながらの手作業で近所の親切な人たちの助けを借りながらなんとか成し遂げる。祖母を病院に連れていくが、効く薬なないと言われる。いちばんの薬は周りに孫たちがいることだという。そんなある日祖母が介護施設から家に帰っているはずなのにいないので慌てる。自動車も無くなっている。自分で運転して思い出の場所、東山魁夷の絵のあの御射鹿池に一人でいたのだ。そんなヒヤヒヤすることがあったりしながら、やがて秋を迎え周りの人たちの助けを借りながらの収穫作業の最中、なんと祖母が田んぼに出て来て人生、つぼみの名を呼ぶではないか。認知症が治ってしまったまともなった様子で。みんなで涙涙。その後人生は家出した母に初めてメールをする。母が家出したのは自分を自立させるための愛だったことを知る。自分が大変な仕事をしながら親切な近所の人たちの人情溢れる助けのおかげで引きこもりから脱出できて元気でやっていると、タイトルのように「生きるぼくら」ーーーそして母をこの家に一緒に暮らそうと呼びに行く。
 最近のニュースで、学校のいじめ、親が子供を虐待した挙句殺してしまった、子供が親を殺したなどの事件が頻発する中、この小説は全く逆でイジメにあって引きこもった息子、両親に死なれたひとりぼっちの女の子が血が繋がっていない祖母や村の親切な人たちに囲まれながら真面目にそして再生して行く姿を描いており、なんとも言えない暖かさを感じる。読みながら大変感激した。自分が子供の頃は大東亜戦争最中から敗戦後だった。みんなが貧しくても近所が助け合って生活をした経験があるが、結構楽しかったことがいっぱいあったことを思い出す。イジメなどは全くなかった。しかし今はどうだろう。物質的には恵まれたものの自分中心で心が荒んで砂漠化している気がしてならない。

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