佐々木譲 「獅子の城塞」

信長の命で石工の次郎左は西南蛮に城塞の技術を習得するため2年もかけて命がけで渡る。ローマではサン・ピエトロ聖堂の天蓋を築き名が売れ始める。トスカーナ、フィレンツェ、ネーデルランドなどで活躍。イスパーニャに攻められてばかりのネーデルランドという当時の弱小国がどのようにして切り抜けてきたかが細かに描かれている。この時代は10年も休戦してその間に城を強固に修正するなどのんびりしたところは今は微笑ましく感じる。次々に引き受ける城塞の仕事を続けるなか日本に戻る予定がのびのびになるまま現地人と結婚、3人の子供もできる。そのうち信長は死に、家康までも亡くなって日本に帰る意味もなくなってしまう。結果ネーデルランドに骨を埋めることになってしまう。石工の次郎左という人が築いたヨーロッパ各地の城塞が今でもあるのだろうか。行って見てみたいものである。今の日本は中国というならず者国家にどう向き合うべきなのか急がねばならないことではないのか。

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