南 杏子「いのちの停車場」

救命救急センターに40年勤務の女性医師、在職中は命を救うために時間との闘いで気が休まることがなかった。要請があれば断ることができず、すべて受け入れるのが彼女の救命医としての使命だと考えていた。それがもとでつい未資格の学生を手伝わせてしまうことが責任問題となって退職する。その後はふる里の金沢に帰って在宅医療の訪問医となる。
 救命救急の仕事の比べれば一日7軒くらい訪問すれば良いので楽な仕事と思っていた。しかし、その内容は全く違った大変さが待っていた。一人暮らしの年寄り女性で家の中はゴミ屋敷となり、娘が食事を持って来てくれるが口げんかが絶えない。風呂に一晩中入っていたり命の危険に曝されている患者がいたり、かと思えば高度なIT企業の社長がラグビーの事故で頭は冴えているが脊椎損傷で首から下は全く不能となった患者。当人は金はいくらかけても最新の幹細胞治療を希望している。厚生省の認可がなくても受けたい。その結果もし成功せず図らずも人間として希望が持てないような状態になったら安楽死させてほしいという。彼女は徹夜で畑違いの勉強、検索。そして専門医をコーディネートするのである。これからの医療は自分でできないことはその道の専門医と繋ぐことが大切な任務だと悟るのである。
 かと思えば、たった6才の女の子が先天性のガンを患い、すでにステージ4の末期ガン患者である。国立がんセンターでもこれ以上の治療はできないということで退院させられている。その患者を在宅で診ることになる。両親は少しでも長生きさせたいと願うが、どうしたらいいのか悩んでいるとなんと6才の娘はこんなことを言う。「私はもうすぐ死ぬんだ。今度人魚に生まれ変わりたい。だから死ぬ前に海が見たいと・・・」なんと親は少しでも長生きをと願っているのに、6才の女の子が覚悟を決めているのだ。親はこんな体でできるわけないと子供にいうが訪問医はこの子の願いを叶えてあげようと親を説得する。そして能登半島の西側の千里浜海岸を車で走ることになる。その3日後にその子は天に召されたのである。読んでいてつい泣けてきてしまう。
 また、彼女の父親は脳神経内科の医師である。その父親は高齢ですでに引退しているが、骨折、脳梗塞で激烈が疼痛で悩むことなる。この痛みを和らげる方法はないらしく仕方なくモルヒネの量をふやしながら様子をみていたが、父は自分で処方した点滴で積極的安楽死をさせてほしいという。しかし、それを叶えれば自分は医師としての資格を剥奪されることになる。父は自ら望んだことを遺書に残しビデオに記録する。実行後彼女は警察署に自首するのである。
 作者の南 杏子は日本女子大学卒業後、出版社経験後医学部を受験学士入学でい医師となり大学病院の老年内科医として勤務。自身の体験から老後の医療はどうあるべきかを投げかける内容で、私自身大変考えさせられた。
高齢者は是非読んでほしい本だ。

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