柳 広司 「太平洋食堂」

この本は大石誠之助という実在の人物を主人公としたノンフィクション小説である。自分は大石という人を全く知らなかったが、明治初期和歌山県の新宮の開業医である。アメリカに5年、インドに2年留学したことがあり、本場の英語も達者なこの時代としてはこの地区の尊敬されるインテリであった。やさしい大石は困った人たちからは治療代を取らず、金持ちからは多めにとるなどちょっと変わった医師だった。また近所の貧しい子供たちに食事を自分でこしらえて食べさせたり、遊んでやったりもした。そんなことのために診療所のほかに太平洋食堂というレストランを造ったりもしたのである。そんな心のやさいさが自然と社会主義的な思想を育んだのだろうと思われる。あるとき女性の新聞記者と知り合ったことがきっかけでいろいろな主張記事を投稿するようになる。そんなことから幸徳秋水、与謝野鉄幹、晶子など多数の人たちとも親しくなり付き合いはじめる。ところが、幸徳秋水は自分が発刊した雑誌は官憲の目がうるさくなり廃刊にされてしまうし、他の出版社も秋水の原稿を受けつけなくなってしまい生活に困ってしまう。大石はそんな幸徳秋水や他の仲間達の生活費まで面倒をみるのである。そんなあるとき居候の仲間が炸裂弾を作りたいと大石に聞くので何を考えているのか問うと明治天皇を暗殺するのだという。大石は爆発しようのない処方を教えたりする。しかし、それが元で明治天皇の暗殺計画が官憲にばれてしまい、幸徳秋水はじめ大石もとばっちりを受けて24人が逮捕されてしまう。当時の権力者山県有朋が牛耳る政治の世界では今では考えられないことだが、何も実行していないのにそんなことを考えたというだけで24人が検挙さることになった。しかし12人は明治天皇の恩赦で逃れたものの幸徳秋水、大石誠之助ほか12名は絞首刑となってしまう。本人ではなく仲間の一人が暗殺しようと考えただけで死刑という「推定有罪」なのである。その当時大石誠之助は今の日本のままではひどい戦争で日本は必ず滅びると予言していたという。そして昭和になり、予言通りになってしまった。敗戦後に大石誠之助に可愛がられた子供たちの思い出話に涙する場面も書かれている。著者はこの小説のタイトルを「太平洋食堂」としたのだろうか。子供たちを本当に可愛がった大石誠之助のイメージを考えてのことだろうと思う。

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