原田マハ 「風神雷神」下巻

インドのゴアまで一緒に来てくれたヴァリニャーノ神父はゴアに留まることになり、代わりにロドリゲス神父の同行で遣欧使節の四人と宗達は季節風を待ってゴアに滞在したのちアフリカの南端喜望峰を超えポルトガルに向かう。セントヘレナ以外は途中陸はなく海と空しかない長い船旅、しかも猛暑である。そして3年近く過ぎてやっとポルトガルに着くのである。当地では遙か遠くの日本から来た使節団を大歓迎。当時のヨーロッパに権勢を極めるスペイン王に会うことが適い、またフィレンツエでレオナルドダビンチの絵画をみて感激しながらやっとローマに到着する。ローマではバチカンの教皇グレゴリウス13世に会うとこができ、信長に依頼された「洛中洛外屏風図」を献上することができたのである。またシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画を目にする。宗達と原丸ティーノは一緒にイタリアに滞在中ミラノでレオナルドダビンチの最後の晩餐をみる。そこでほぼ同い年の画家のタマゴの少年と出会う。名はミケランジェロ・メリージ・ダ・カラバッジョという。お互いに絵心のある少年は親しくなり、宗達は自分のお守りにしていた父が描いた風神雷神画の扇を形見にあげるのである。今後お互い有名な画家になって再会を約しながら二度と会えないだろう別れを惜しみながら日本への帰途につく。別れるときにカラバッジョは自分が描いた油絵の具の板絵を渡す。開けてみるとなんと油で描いた風神雷神の板絵だった。使節団と宗達の一行は果たして日本までたどり着くかどうかも解らない長い船旅である。帰国したときには信長はすでにこの世にいなかった。使節団は帰国できたものの、秀吉の時代になりキリシタンは迫害されていたのである。使節達は棄教する者、殉教する者、また司祭となった原マルティーノはマカオに移住してしまうのである。
 信長時代に天正遣欧使節がローマに行ったことは事実である。それに絡んだ見事なフィクション小説。原田マハの絵画に関する小説ははすばらしい。

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